やや太目のワイヤーで歯を移動していた常識を破って、細い丸いワイヤーで、しかも歯の移動が早いということに世界が注目したのです。ただ、この方法には、「歯を抜く例が多すぎる」「ジグリング(歯の揺り戻し)のために歯根吸収の危険が高い」といった欠点もありますが、K教授(N大学・新潟校)は独自の改良をすすめています。
基本的にはエッジワイズ法ですが、ブラケットに工夫があります。歯列というものは厳密にいえばコンパスで描いたように一本のきれいな放物線ではありません。
たとえば、歯列中央の中切歯と側切歯とでは○・五ミリほど側切歯が上下的にも前後的にも引っ込んでいます。またそれぞれの歯の歯冠の先端を連ねた噛合平面に対する歯の軸の角度も微妙に違います。
矯正治療の仕上げの段階で、この細かい理想的な配列のために微妙な調節が必要です。アイディアル・アーチ(理想的な歯列弓の形)に仕上げるといいます。
「芸術家的仕上げ」などという表現もあるくらいです。このためわれわれは苦労してアーチ・ワイヤーに特殊な屈曲をして仕上げるのです。
この面倒な操作をなんとか省略できないか、と考えついた方法がこのテクニックです。ブラケットのアーチ・ワイヤーを受け入れるスロット(溝)部分に歯の表面の前後の凸凹と歯軸の傾斜をあらかじめ組み込み、いわば記憶させておけば良いのです。
つまりブラケットのスロットに特殊な加工があり、これまで一生懸命に曲げていた苦労は必要でなく、アーチ・ワイヤーは真直ぐ(ストレート)のままでいいのです。これで治療は一層簡単になる理屈です。
実際はそう巧く行かないのです。なぜならば、この微妙な歯の凸凹や歯軸の傾斜は、患者さん個人によってみな違うからです。
やっぱり既製品による統一は、なかなか難しいようです。ただ、アイデアは買いです。
アメリカで最近大きな問題になっていることですが、この方法の流行で困ったことに、矯正治療の専門家でない人までが、安易に矯正治療を行う傾向が増えつつあることです。矯正治療は歯これもアメリカでの話ですが、一般の開業医に向けて、この種の講習会の案内のDMが、週に何通といっていい。
矯正治療の訴訟が後を絶たないのも無理はありません。このようなことは医者の倫理上の問題ですが、幸い日本では現在のところ、そういったことはほとんど聞かれません。
歯科の技術は、材料の開発で非常に大きな影響を受けます。例えば私が学生時代であったのは第二次世界大戦直後であっただけに、今日の進歩とは比較になりません。
今後、特に高分子材料、バイオ・セラミックスなどハイ・テクノロジー関連の分野は、これからも予想できないほど発達をとげることでしょう。矯正材料も、この二十年間のうちに大きな進歩をとげました。
勉強を怠ると、たちまち取り残されそうで心配です。ここでは、一番使用頻度の高いものについて説明します。
矯正治療材料といえば、まずブラケットです。歯科の分野にブラケットという言葉が使われ始めたのは一九一六年です。
以後約七○年間、このブラケットのデザインは基本的に変わっていません。歯に微妙なねじり(トルク)を与えるには、原則的に角ワイヤーとそれを受け入れる四角い溝(スロット)の切れ込みが必要です。
これには若干の問題があります。両者の密着性による摩擦抵抗が非常に大きいのです。
歯の移動のところで説明したように、実際の臨床でも、ブラケットとワイヤーとの摩擦で歯が動きにくいことははっきりしています。この問題を解決するひとつの方法として、「3F・ラウンドワイズ法」を私どもで開発していることは既に紹介したので詳細は省きますが、七十年間このブラケットに基本的な改良が加えられなかったことは、むしろ不思議な気がします。
従来のブラケットは殆どが金属製でした。これを透明で歯の色に近いものにして審美性を高めようとする開発も進んでいます。
これにはプラスチックとセラミックのものがあります。ただ、セラミックの製品は、などの点から急激に使用頻度が下がってしまいました。
こうした点を改良するため、新しいコンポジット・レジン系のブラケットが、M名誉教授(T医科歯科大学、現・総合歯科医療研究所長)らによって開発されています。矯正治療で歯を移動するエネルギー源としてのスプリング・ワイヤーには、断面が丸いラウンド・ワイヤーと矩形の角ワイヤーの二種類があります。
サイズはいろいろあります。面白いことには、矯正臨床ではワイヤー・サイズにはインチが採用されています。
歯科矯正学の先進国であるアメリカの影響です。ところで最近、ブラケットの改良に比べるとワイヤーのほうは、かなり進歩したものがでてい世界各国が新材料の開発にしのぎを削っており、その優劣はつけ難いものがあります。
超弾性金属と、形状記憶型金属なども新たに開発されたものです。また、透明ワイヤーでは、F・M・ダラス先生が開発したガラス線維系のものがあります。
屈曲ができないという欠点がありますが、審美的には優れた最初の透明ワイヤーといえます。こうした新素材のものが完成すれば、口の中から金属色の矯正材料は一掃されることでしょう。
輪ゴムなどの人工弾性素材のことです。高分子化学の発達で以前には考えられなかった治療方法が開発され、ずいぶん恩恵を受けるようになりました。
まだまだ問題は山積しています。例えば、こうしたモジュール類は、口の中で長く使用すると意外に早く変質や変色をします。
ひと月以上持つものは、現在のところないと思います。この材料でむつかしい点は、ただ長持ちさえすれば良い、というわけには行かないことです。
なぜ歯が動くかというところで説明したように、現在使用されている矯正力は結局、歯にとっては不自然な物理的刺激です。したがって、ある時期、歯周組織を休ませる必要があると思われるからです。
もっと生体との親和性が高くて、物理的損傷にならない刺激であって欲しいという、矛盾した要求を満足させるものが望まれるのです。矯正治療中の方に是非守って頂きたいことがあります。
もちろん個々の患者さんや保護者の方には、治療開始の時に、どの先生も十分に説明されることで、特に改まったことではありません。全ての歯にブラケットをつけて治療するマルチブラケット法が、矯正治療の主流を占めるようになりましたが、このブラケットとワイヤーの使用によって、当然口のなかが汚れやすくなります。
それでなくても、わが国の小学生の60%以上が、大なり小なり歯肉炎にかかっているといなどの一連の歯科矯正学への貢献により、先年、紫綬褒章を受章されました。ラケットを自分でつけたものでした。
管理が悪いとセメントが溶けて結局バンドがゆるみ、そこからムシ歯になったりしたこともありました。二十年ほど前、歯にブラケットをつけるのに、これまでのようにバンドを使わず、直接ブラケットを歯の表面のエナメル質に接着してしまう方法が開発されました。
この技術のおかげで、事故でブラブラになった歯とか、埋伏していた歯の治療までが、きわめて容易にできるようになったのです。おそらく最近の矯正臨床関連発明のヒットではないでしょう。
矯正治療を始める前に、歯磨きの訓練は絶対必要だと思います。自分では良く磨いたと思っても、歯磨きはそんなに簡単な作業ではありません。
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